第7回 脳神経外科と漢方

一般講演

“葛根湯を用いた緊張型頭痛の治療”

                昭和大学藤が丘病院脳神経外科、
                昭和大学第2解剖

                藤本 司、佐藤知樹、佐藤隆一、
                大滝博和、浅井潤一郎、保格宏務

緊張型頭痛は頻度が多いだけではなく、外傷の既往、仕事、生活様式、精神的、性格的因子など多くのことが関係しており、その治療はしばしば難渋する。緊張型頭痛が強い人では、頭頚部から肩背部に強い筋収縮と、後頭神経の圧痛がみられることから葛根湯が有効であろうと考えた。緊張型頭痛が強く、生活に障害を来たしている患者54名について関係因子の改善をめざした生活指導と葛根湯を投与し、頭痛の程度を5段階評価で治療効果を検討した。頭痛は後頭部、球後部に強く、眩暈、嘔気、をしばしば伴っており、生活に障害を来たしていた。
証によって、区別せずに投与し、2例のみで軽度の胃腸障害が見られた。過緊張状態の指標として arm dropping test を用いており高率に陽性であった。5名に後頭神経ブロックを、7名に鎮痛薬を噸用で併用した。頭痛は2週目には51例(94%)で軽減し、4週後にはさらに改善が認められた。
強い緊張型頭痛を示す患者には、関係する因子の除去、改善の指導と葛根湯投与が有効であったと考える。


葛根湯と生活指導による緊張型頭痛の治療”
Treatment of Tension-type headace withKakkon-to associated with guidance of a way of life

            藤本 司1)、佐藤知樹1)、佐藤隆一1)、
            大滝博和1、2)、浅井潤一朗1)、保格宏務1)
 
            昭和大学藤が丘病院脳神経外科1)、
            昭和大学第2解剖2)

      Tsukasa Fujimoto1),Tomoki Satoh1),Ryuichi Satoh1),
      Hirokazu Ohtaki1,2),Junichiroh Asai1),Hiromu Hokaku1),
      
            Department of Neurosurgery,Syowa University Fujigaoka Hospital1),
      Department of 2nd Anatomy,Syowa University2)

 要旨
緊張型頭痛が強く、生活に障害を来たしている患者68名に対して、葛根湯の投与と平行して関係因子の改善をめざしたせ井活指導を徹底させた。頭痛の程度を5段階評価で表し治療効果を検討した。頭痛は後頭部、球後部につよく、眩暈、嘔気をしばしば訴え、強い肩こりを伴っていた。
頭痛は2週目には著明な改善が63%、改善以上が92%であった。4週間後にはさらに改善し著明な改善は91%に達し、本法は大変有効な治療法であった。

 Abstract
Sixty-eight subjects suffured from tension−type headache were treated with Kakkon-toassociated with guidance of a way of life. Headache was relatively strong andtheir lives were highly disturved.
Degree of the headache was devided to 5 grades and analgesic effect of the treatmentwas evaluated.The headache was mainly occipitalgia and frequently associaed withretrobulbar pain, nausea and diziness. Almost all subjects were sufferring from stiffshoulder and their occipoital nerves were sensitive. Not only the intake of Kakkon-tobut also guidanceof way of life including streching exercise on neck and shoulderwas extensively performed. Two weeks after the beginning of thetreatment,remarkableimprovement of the headache was recognized in 63% of subjects and significant improvementwas in 92%. Fourweeksafter, remarkable improvement was seen in 91% and significantimprovement was in 97%. The analgesic effect of Kakkon-to associated with guidance ofway of life was seemed to be quite significant. 
 
 索引用語   :  緊張型頭痛、慢性頭痛、葛根湯、生活指導
 Key words  :  tension-type headache, chronic headache, Kakkon-to, guidance of a way of life.
   
 はじめに
脳神経外科外来受信者の約60%は頭痛を主訴としており、そのうち慢性的あるいはその急逝増悪したと思われる頭痛の70〜80%を緊張型頭痛が占めている。外傷の既往、仕事や生活様式、精神的因子など多くのことが関係しており、長期間悩まされていることがしばしばで、その治療に抵抗性を示すことが多い。
緊張型頭痛の患者は多くの場合肩こりを伴っており、後頭神経が敏感になっているこが多い。
筋緊張の強い肩こりや頭痛に治療効果が期待し得る葛根湯1,2)を、生活指導による関係因子の改善と平行させて用い緊張型頭痛に対する治療効果を検討した。

 対処と方法
対象患者は当脳神経外科外来受診者で頭痛が強く生活に支障をきたしていた72名(男性20、女性52)であったが、4名は消火器症状を訴えたため中断し、68名で検討した。平均年齢は男性51.4(21〜72)歳、女性51.6(21〜71)歳であった。
受診時の問診により頭痛、肩こりの性状程度、めまい、嘔気嘔吐の有無、関係しうる因子を聴取した。
診察では特に項頚部から肩、肩甲部にかけての筋緊張の程度、圧痛点の有無、姿勢を中心に診察し、さらにArm-dropping test(上肢)(肘部)を支えておき、肩から上肢の緊張を抜くように指示した後支えを外し、落下の状態をみる)を行った。 
頭痛、肩こりの程度は次の5段階とした。
G5.症状(頭痛あるいは肩こり)が強く、日常生活や仕事が出来ない。
G4.仕事は行っているが症状が強いため休み休み行っている。
G3.仕事を行っているが、殆んど常に後頭部の鈍痛やつまる感じがある。
G2.時々後頭部の鈍痛やつまる感じがある。
G1.後頭部の鈍痛やつまる感じを殆どしない。
投薬薬物はカネボウ葛根湯エキス顆粒(以下葛根湯)5gを分3で毎食後に服用とし、デパス錠(0.5r)を状態に合わせて3〜2錠を併用した。使用可能な場合はパップ剤(MS湿布、スチックゼノール)を併用した。
痛みが強く、不安感が強い場合にはロキソニン1錠の頓用、痛みが非常に強く後頭神経の圧痛点が明瞭な場合には後頭神経ブロックを一部で併用した。証に関係なく投薬したが、狭心症、心筋梗塞、胃十二指腸潰瘍がある場合は対象からはずした3)。
嘔気、めまいが強い場合には各々プリンペランあるいはメリスロンを一時的に投与した。
生活指導では、起床直後のストレッチ運動(首、肩を中心に)、前傾姿勢をひかえ、同じ体位の持続をさけ、荷物の持ち方の改善(重いものをさけ、両側を使う、持続させないなど)、枕の改善(頭のみではなく項まで当てる、あたまの軸と頚椎がなるべく1直線になる高さにする)、仕事、趣味、習慣(寝ながらの読書、犬の散歩、早い動き)上の改善すべきことを実行可能な形で改善策を指導した。
Arm-dropping testは肩の力が抜けず、元の位置に留まったり、意志的に降ろすことしか出来ない場合陽性とした。2週間目毎の受診時に治療効果、副作用の有無、生活指導項目の実施状況と改善の程度を聴取した。改善策が実行されにくいと判断した8例では1週間毎に受診させた。
なお、頭頚部疾患の既往のある人、脳卒中の不安が強い人もあり、頭部CT,MRIを75%(51/68)で、頚椎単純写を84%(57/68)で行った。

 結果
葛根湯に関係あると考えられる消化器症状(嘔気、軽い腹痛、下痢気味)のため4名で服用を中止した以外は副作用と思われるものはなかった。頭痛の性状は圧迫感(74%)拍動性(26%)で時々強い放散痛をともなっていた。部位は全体(15%)後頭頭頂部(63%)前頭部(10%)側頭部(12%)眼窩部(21%)であり、側は右側(50%)左側(38%)両側(12%)であった程度はG5(22%)、G4(62%)G3(16%)であった。
頭痛の罹病期間は3週間以内(22%)3ヶ月以内(37%)1年以内(16%)1年より長い(25%)であったが、頭痛が強くなってからの期間は1週間以内(65%)2週間以内(28%)、2週間より長い(7%)であった。Grade毎のめまい(diziness)の合併率は全体では(38%)、G5(67%)G4(33%)G3(18%)嘔気、嘔吐の合併率は全体では(29%)G5(67%)G4(24%)G3(0%)であった。肩こりの程度毎の頻度はG5(12%)G4(44%)G3(34%)G2(10%)であった。利き腕は右側(85%)左側(15%)であり、利き腕とより強い肩こりの側との相関は同側(49%)対側(26%)両側(25%)であった。さらに20%の例で肩の高さに明らかな左右差が認められ、筋緊張の強い側で挙上していた。
かたの挙上は64%で利き腕と同側で見られ、36%では対側に見られた。
Arm-dropping testは肩こりの内ほぼ同年令の対象群(20名平均年齢53.2歳)の陽性率18%に対し48%と高率であった。既往疾患は、無し(36%)脳卒中(12%)脳腫瘍(6%),頚椎捻挫(18%),頭部外傷(10%),高血圧症(22%)であった。頭部CT,MRI上では異常なし59%,異常あり41%であり、頚椎X線単純写所見は異常なし64%、異常あり39%であった。頭部CTでは頭痛に関係すると思われる新たな異常所見はなかったが、古い梗塞巣が24%でみられた。頚椎単純写では62%で変形性の変化や靭帯の石灰化が認められたが、神経根症状や脊髄症状を示すものはいなかった。
職業は主婦(20名)事務・コンピユータ(21名)運転(8名)設計(5名)クリーニング(2名)介護(4名)保育園・身体障害施設勤務(3名)であった。
趣味習慣でめだったものは、裁縫・切り絵(6名)、習字・絵画(5名)、寝てからの読書(6名)、また症状誘発の原因あるいは強く関係が疑われることとして、仕事をつめて行っていた(18名)、親しい人の死(5名)、家庭内外での対人関係(12名)が目立った。
治療内容は葛根湯、抗不安剤(85%で使用)パップ剤、生活指導,体操を原則としたが、一部では筋弛緩剤(28%)鎮痛剤(頓用)(28%)を数日間、1回の後頭神経ブロック(12%)を併用した。
生活指導に対しては全例で積極的に心がけてくれていたが、その程度はまちまちであると思われた。
嘔気、嘔吐は全例で消失し、めまいも数日以内に軽減ないし消失した。
頭痛の程度毎の頻度はG5(15%)G4(42%)G3(11%)であったが、治療2週間後にはG5(0%)G4(6%)G3(40%)G2(44%)G1(10%)となり、4週間後にはG5(0%)G4(0%)G3(10%)G2(57%)G1(32%)と改善が認められた(図1)。
また治療による改善度を、著効(2段階以上の改善)有効(1段階の改善)、無効、悪化として経過を見ると、2週間後には著効(63%)有効(29%)無効(5%)悪化(0%)であり、4週間後には著効(91%)有効(7%)無効(1%)悪化(0%)と改善していた(図2)。
頭痛は2週間後には5名(G4の2名、G3の3名)を除く63名(92%)で改善した。
肩こりの経過は、初診時にG5(8%)G4(30%)G3(23%)G2(7%)G1(0%)だったのが、2週間後にはG5(0%)G4(3%)G3(28%)G2(57%)G1(12%)となり、4週間後にはG5(0%)G4(0%)、G3(4%)G2(62%)G1(34%)と改善していた。改善度を頭痛の場合と同様に著効、有効、無効、悪化とすると、2週間後には著効(46%)有効(44%)無効(10%)悪化(0%)であり、4週間後には著効(68%)有効(31%)無効(1%)悪化(0%)と改善した。
頭痛と肩凝りの程度の相関は、著効を(+2点)有効を(+1点)無効を(0点)悪化を(-1点)とし、頭痛のGrade毎の肩凝りの程度を見ると頭痛がG5の人では肩こりの程度の平均点は(4.0点)、G4では(3.4)G3で(3.5)であり、逆に肩凝りの
Grade毎の頭痛の程度はG5の人では(4.6点)、G4(4.0)G3(3.9)G2(4.1)であり、頭痛が強い患者がより強い肩こりを、また強い肩こりがある患者で最も強い頭痛があったことが示された。

 考察
頭痛は脳神経外科外来受診者の最も多い主訴であり、頭蓋内出血や脳腫瘍を心配したり、実際に苦痛のため生活が障害されて受診することが多い。しかしながら外科的治療を必要とするような器質的な疾患はごく少なく、特に慢性的、あるいはその急性増悪したような頭痛の場合にはその多くが緊張型頭痛である。緊張型頭痛は生活習慣や、仕事、趣味、性格など多くの因子が関係しており、治療は中々困難なことが多い。また受診しても原因不明と言われたり、軽く言われたりして逆に不安をつのらせて悪循環に陥り、症状が強くなっていつ場合もしばしばである。器質的疾患が無い場合、慢性的頭痛にたいして漢方薬が使われることが増えてきており4)、呉茱萸湯、桂枝人参湯、五苓散、半夏白朮天麻湯、釣藤散、抑肝散、加味逍遙散などが用いられている。
緊張型頭痛の場合には殆ど肩こりを伴っており、頭痛の原因としても、また結果としても大きな役割を演じている。
葛根湯は「傷寒論」5,6)に記載されている麻黄剤の代表的処方であり、適応病態には項頚部の筋肉の異常緊張が
共通項とされており、肩こりに有効な漢方薬としてよくしられている1,2)。基本的にはエフェドリンが大量に含まれており、発汗させ、局所の循環を改善させて治癒に向かわせる作用をもち7)、イソフラボンの鎮痙作用8)も
明らかにされている。葛根の鎭痙、鎮静作用、解熱作用によって緊張はゆるみ、循環を促進する芍薬がこれを助けると考えられる。項頚部の筋緊張を伴えば感冒のような急性疾患だけに限らず、肩凝り、鼻炎、結膜炎、など上半身、体表部の炎症性疾患などに広く応用できる9)。患者の多くは慢性的経過をもちつつも最近痛みが増強し、鎮痛薬を服用しても効果は一過性で十分な効果が得られなかった人が殆どであった。すなわち慢性および急性炎症が併存していると考えられる。慢性頭痛に葛根湯が用いられることは多くはないが、山本ら1)は軽度および中等度の改善を65%で認めている。神尾ら10)は著効と改善をあわせると63.6%にみとめ、軽度改善を含めると96%に達したとのべている。慢性の肩こりを伴う緊張性頭痛は職業、生活習慣、性格などが強く関係しており、これからの改善の治療の一環にいれて対応しないと治療が困難でありまた治療効果も持続しない。
忙しい外来では詳しくこれらの情報を得ることは困難で鎮痛薬、筋弛緩剤、安定剤などで対応することが多いが、
長期化しやすく副作用も問題である。葛根湯の服用と平行して増悪因子を改善させることにより、より効果的に出来、しかも効果を持続させうると考えた。精神的緊張状態も大きく関係しており、この傾向を見るのにArm-dropping testを行ったところ、肩に力が入っていることが多かったり、反射的に緊張しやすい人で高率に陽性であった。
このテストはいかに自分の体が緊張しているか、またそれを抜きにいくかを自覚させるのにも、また力をぬく練習時の指標としても有用であった。頭痛の経過をみるのに程度の指標が必要であるがよく用いられる10段階のVisual analog scaleでは使いにくかったので5段階のスケールを用いたところ大変有効であった。
本治療法の効果を評価するには、コントロールの期間をおいたり、鎮痛薬や神経ブロックの併用を避けたかったが、既に他院で鎮痛薬を受けたがなお改善せず受診した人に対してコントロール期間を置くことはできず、また
痛みが強く、不安そうな人には一時的に併用し疼痛を軽減させることはその後の治療を効果的に行うのに有用であると考え、症例を限り、最少期間ということで併用した。
葛根湯と精神安定剤を中心としたこれからの総合的な治療により2週間後には著効63%、有効29%で合わせ92%、4週間後には著効91%、有効7%で合わせて98%に改善をみることができた。また肩こりにおいても2週間後には著効、改善合わせて90%、4週間後には99%で改善をみとめた。受診時までに殆どの患者は近医で鎮痛剤を受けたが治らないために受診しており、一時的に鎮痛剤や神経ブロックに併用したことを考え合わせても本治療法は大変有効であったと考えられる。

 まとめ

  1. 程度の強い緊張型頭痛68例に対し葛根湯、坑不安剤、を積極的な生活指導と体操の励行とを合わせて治療を行った。

  2. 緊張型頭痛の全例で肩こりをともなっており、肩こりは焼く50%が利き腕と同側で、26%で対側でより強かった。

  3. 葛根湯と精神安定剤を中心としたこれらの総合的な治療により、頭痛は、2週間後には著効63%、有効29%で合わせて92%、4週間後には著効91%、有効7%で合わせて98%で改善した。

  4. 肩こりにおいても2週間後には著効、改善あわせて90%、4週間後には99%で改善を認めた。

  5. 葛根湯、坑不安剤を中心とし、生活指導、体操を平行しておこなった本法は緊張型頭痛の治療法として大変有効であったと考えられる。

  6. 本法では葛根湯のみの効果の判定は困難であるが、種主の因子が関係する緊張型頭痛の性質上本法は理にかなったと考える。