第8回 講演会 要旨

[初めて年を取る人のために] 

日本大学名誉教授  田村豊幸


ある日、私は、朝日新聞で“アメリカから輸入されたこの薬は結核菌は消えてしまうが、患者は突然、喀血して死ぬことがある。よく効くが、反面おそろしい副作用がある”という記事を目にした。それがきっかけで、この結核薬に取り組み始めた。この薬で、喀血が起こるのは、肺結核の空洞のまわりの毛細血管が、突然拡張し出血に至るためである。不連続線が上空を通過する時、自律神経のバランスが乱れ、毛細血管が拡張するらしい。療養所で雪が降ったりすると、突然喀血する患者が出ることがある。それは、おそらくそういう理由であろう。それでも「この薬は、結核には有効だが、毛細血管を拡張するので注意」という但し書きがついて、今日も市販されている。この薬はまた末梢神経を刺激し、痙攣を起こし、転びやすくなる。痙攣を抑える薬や、毛細血管拡張を抑える薬を併用すると、これらの副作用は出にくくなる。それ以来、私は薬の副作用に関心をもち、薬は反面毒であり上手に使わなければ害をうけると考えて、副作用について研究して来た。くすりは最終的にはあまり効かない。しかし、何となく薬は効くように思い、たくさん使われているのが現状である。ある年代以上では、現在2人に1人はガンで死んでいると言われる。


ガン告知には
2つの相反する意見があり、告知された方が、「その後の人生を有意義に生きられる」という肯定的な意見と、「がっかりして免疫が落ちるからだめだ」という意見とがある。医師にとって告知した方が、治療しやすいという理由だけで、告知し、したあとに何もアフターケアをしないのなら告知しない方がいい。告知したあとの心の手当て、アフターケアが、一番大切なのである。そして告知した後には尊厳死、安楽死の問題が生じることもある。この二つは混同されやすいが、全く別のものである。
安楽死とは
不治で且つ末期の患者で、知的、精神的判断力のある人が、自発的に安楽死をのぞみ医師に真剣に求めた時に限り、医師が患者の希望通り生命を短縮するような処置をすること。しかし、法律的には認められていないので殺人になる。
尊厳死は
不治で且つ末期の患者が、生命維持装置などを使わないで、痛みの処置をうけながら、人間としての尊厳を保ちつつ、自然に寿命を迎えて死ぬことをいう。
65〜70才では女性より男性の方がボケは多いが、以後は女性の方が多くなる。女性は相手方が死んだらほっとしてしまい、ボケが始まるのかもしれない。ボケは脳の動脈硬化から来ることが多いが、薬によるボケもかなりある。施設などで夜の排徊、興奮などに対して、薬を使い続けるとなおさらボケを進めることにもなる。日本の医師は、血圧を下げるために安定剤をたくさん処方している。連用していると応答があやしくなる時がある。そのために、医師は血圧と患者の応答をみながら薬をコントロールしている。人に頼んで薬をとって来てもらうと、こうしたチェックができないので、必ず、自分で取りに行くようにしてほしい。糖尿の薬は、血糖のコントロールを通じて脳の代謝に影響を及ぼす。代謝が抑えられれば、脳の活動も抑えられてしまう。また血圧を下げれば脳の血流が悪くなる。脳細胞に行く血液が少なくなると、精神活動を抑制することになる。一般的に、血圧を下げると活動意欲は下がってしまう。仕事をバリバリやっている人は血圧の高い人が多いのは、そう言うわけだろう。長い年月をかけて高くした血圧を薬で急に下げようという事が、そもそも無理な話しである。アメリカの報告で、ビタミンE、ビタミンEとC、カルシウムを多めに飲むと、脳循環障害が改善でき、寿命が数年間延びているという報告もあるが、どんなものであろうか。
日本人のボケは
65〜69才では、1.2%で、以後、少しづつ増え85才以上で約20%といわれる。遺伝も関係するが、環境の方が大きいような気がする。老齢者では、手術の際の全身麻酔で後遺症としてボケがおこったり、VB12欠乏、病原菌感染、脳外傷でボケがおこったりすることもある。肝臓、腎臓の機能が低下してくるので、飲んだ薬が解毒されず、常用量では副作用の出ないはずの薬で副作用が発現したりする。年とともに肝臓、腎臓の働きが低下して、薬の分解、排泄が悪くなる。 薬のメーカーは老人むけの薬を健康な若い動物で実験をしてデータを作成している。私は、「すべての薬を若い動物だけでなく、老齢の動物でもしっかり実験すべきだ。」と常常、主張している。しかし、これは慢性毒性実験なので長い時間がかかってしまう。製薬会社は結果を早く望んでいるために、役に立つ大切なことはどうしても、後になってしまうようである。


抗ガン剤については
尊厳死の問題とも関連してくるが、近藤誠医師なども「ガンの薬は効果がない」と、言っている。私の調査でも白血病では、約50%有効であり、その他の固形ガンでは平均30%(5年生存率)で有効である。その上、貧血,脱毛、不眠など、副作用が非常に多いのも難点である。
モルヒネに対して
日本の医師は「最後まで患者を助ける治療をする」という教育を受けてきた。それで、モルヒネは中毒が起こると考え、その使い方をあまり教えられてこなかった。(麻薬の使用は、使用目的や、使用日時、量などを役所に報告する面倒もある)モルヒネはガンの疼痛に対して世界中で、どんどん使用されているところである。そして、その一回使用量は、ごく、少量である。外国人で、モルヒネを使いながら、日本に観光客として来る人もいくらでもいる現状である。ガンは患者さんの痛みが、一番問題であり、これからは、ガンになって、モルヒネを必要な時に、治療として、使ってくれる病院を選ぶ事が大切である。世界保健機構でも、使用を推奨している。(日本医師会も現在は使い方を広めようと努力しているところ)

しかし、実際は、一向に使う病院は増えてない。最近、モルヒネより、よく効くフェンタニールという薬が出た。モルヒネから合成された注射薬で、モルヒネと同じ副作用―吐き気、嘔吐、食欲不振、便秘―などがあるがモルヒネよりずっと軽い、それで、鎮痛効果ははるかに強いようだ。


尊厳死協会では
「会員がガンの終末期の際、苦痛を与える無理な人工的な処置をせずに、痛みを取ることだけを積極的に、治療してもらうように医師に求めること」を健康な時、書類にしておき、このような状態が来た時、会員カードを本人か家族が医師に見せるようになっている。今では90%の医師がその通りしてくれるようになってきた。昭和天皇がなくなった時に、会員が非常にふえた。(私はこの協会の理事をしている)脳死や植物人間と尊厳死は直接関係はない。
先日、医学部附属の病院の院長に、末期医療をどのようにしているかアンケートをとったが、回答率は非常に悪かった。これでも分かる様に、まだまだ、末期医療に対して、関心が薄い。助からない人に応急処置として、蘇生術(心臓マッサージ)をする。そうすると血液が酸性化して骨からカルシウムが出てしまい、それで、患者は肋骨が折れることもある。人工呼吸の際、チューブを口からのどの奥まで入れるが、入れにくい時はメスで切っていれる。点滴を続けると多量の水分でむくみ、水分がのどに上がってきてタンがのどにからまる。気管カテーテルを入れる。カロリーは補給されるので見た目は元気そうに見える。しかし、死後解剖をすると肺は水びたしで溺死者のようである。点滴をすると食欲がなくなってくる。(アゴの運動は脳細胞に刺激となり血流も30%増えるという)膀胱にカテーテルを入れると細菌感染がおこりやすくなる。水で体重が増えるとこれに見合った酸素を送るために心・肺の負担が増大し動悸、息切れが強くなる。体力が落ちているのに抗ガン剤をどんどん使うと、坑ガン剤の副作用は更に大きくなり抗ガン剤は命の短縮に繋がってしまうこともある。家族は、これらのことを理解して、末期医療の際どういう処置を医師にしてもらうのか、よく考えておくことが大切である。


講師略歴
日本大学医学部卒、臨床薬理学者、医学博士
厚生省中央薬事臨床審議会委員
日本臨床薬理学会評議員

著書  
『薬品副作用学』『人間薬理学』
『問題の漢方薬』『副作用予知学』他多数