第11回 講演会 要旨

[産婦人科領域における漢方方剤]

東京医科歯科大学 坂本 忍


私は漢方の専門家ではないが、患者さんに用いて結果のよかったもの、更に、何故有効であったのかを実験系で検討したもの等について、「私見」を述べさせていただく。専門家ではないのでというのは判らないが、私見として虚証とは、体型が細く痩せ型
で体力の弱いいわゆる“お嬢様タイプ。実証というのは体型が、がっちりした“お元気さんタイプ”と理解している。

気、血、水について
“気”は
自律神経系
のことではないか。例えば、正常なら頭寒足熱だが、気の上昇や逆転が起こると、頭が熱く手足が冷え、のぼせ、赤い顔、めまい、動悸なども起こる。気の滞りとは鬱状態やヒステリー様症状、気虚は無気力、脱力感など。
“血”とは
循環系のことで、今日よく出てくる“お血”は、血の滞り、鬱血で、様々な病気の原因にもなる。女性はお血に関わる病気が多い。血虚は貧血状態で、一般にいう貧血には時に低血圧も含まれていたり、漢方薬の方と我々の方とも少し違う。
“水”とは
腎臓系に関わるもので、漢方薬にはやはり非常に効くものがある。

脳下垂体前葉から出るホルモンの中、卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体化ホルモン(LH)は女性の性周期を調節している。FSHによって卵胞から卵胞ホルモン(エストロゲン)の分泌が増加し、やがて排卵が起るとLHによって黄体形成がさかんになり黄体ホルモン(プロゲステロン)が分泌される。黄体ホルモンは子宮内膜の増殖を促し受精卵の着床の準備をするが、受精が起らないと肥厚した内膜は剥がれて血液と共に排出される。これが月経周期である。これらのホルモンはすべて肝臓で代謝されるが、男性でも肝硬変でステロイドが代謝されないと乳腺が発達して乳が出ることがある。


   不妊症

排卵があっても黄体機能が悪いと着床せず妊娠できない。当帰芍薬散、温経湯、桂枝茯苓丸が使われる。
また生まれたラットにエストロゲンなどで処理し性周期をなくしたものに当帰芍薬散を与えて性周期を回復し、血中ホルモン測定で黄体期の賦活作用のあることが判った。温経湯は非常に強力な排卵促進作用がある。ひどい生理不順で妊娠しにくく、排卵誘発剤もうまくいかない時、よく効き、副作用も全くない。どこにきくのか判らない。

   生理不順

当帰芍薬散をもっともよく使う。
桂枝茯苓丸
は実証によい。これらの方剤は前葉のLH、FSH、更に上位の黄体ホルモン(LH−RH)に対する反応性を上昇させる。実証では桂枝茯苓丸、芍薬甘草湯。
虚証特に冷え症に多いが黄体機能不全で高温期が上がらない人には当帰芍薬散で充分効く、エストロゲン分泌の少ない無月経は温経湯がよく効くことがある。
多嚢性卵巣という卵巣の壁が厚く、卵子が壁を破って外に出られないものはプロラクチン高いことがあり、プロラクタマーゼ(アンドロゲン様物質をエストロゲンに変える酵素)の活性を上げてエストロゲンを増やし、プロラクチンを下げる芍薬甘草湯が有効で、芍薬甘草湯は、生理痛にも有効。
温経湯の実験では下垂体のLH、FSHが増え、プロラクチンが減少する。プロラクチンと、性腺刺激ホルモン(ゴナドトロピンGN)LH、FSHは拮抗し、プロラクチンが高くなると生理がなくなる。若い女性で妊娠ではないのに生理がなくなり乳汁が出てくることがあるが、これは胃薬のプリンペラン、多種の安定剤、降圧剤で高プロラクチン血症を起こすためで注意が必要である。温経湯は下垂体のゴナドトロピン(GN)分泌を上昇させ、その律動性(増えたり減ったりする変化)をよくし、エストロゲン、プロゲステロンの産生をよくして自然排卵を起こさせる。妊娠は先ず卵巣で排卵が起こり、卵子が遊走して卵管に入り、卵管膨大部で精子と出合って受精して、子宮内膜が分泌期という状態の時着床して育つ。当帰芍薬散は黄体機能をよくし、着床しやすくする。温経湯は同時に排卵もよくすると考えられている。

   月経前症状群

生理前のいらいらなどには当帰芍薬散、抑肝散、加味逍遙散、桂枝加竜骨牡蛎湯、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、柴胡加竜骨牡蛎湯などを使う。生理前のむくみには柴苓湯が著効を示す。

   生理痛

第一選択は桂枝茯苓丸当帰芍薬散。子宮筋の緊張をとるのには芍薬甘草湯がいい。この薬は老人に多いこむら返りにも効く。但し長期連用すると低K血症を起こす。芍薬のペオニフラニン、甘草のグリチルリチンは腸内酵素により糖が切り離されはじめて効果を発揮する。

   子宮内膜症

子宮頸部が固いと経血が逆流して内膜細胞が膜内にばらまかれ、生理の度に細胞一つ一つが出血、吸収されこれを繰り返すと腹部に癒着を起こす。人工中絶で子宮内膜をかき取る時は必ず子宮筋層を傷つける。この時子宮内膜を筋層中に植え付けることがある。又帝王切開の時、手技が悪いと腹中に内膜細胞をばらまいてしまい内膜症の原因を作る。同じことが筋腫の手術でもある。また手術の際、膀胱を傷つけて内膜を植え付ければ生理の度に血尿が出たり、腸を傷つければ血便が出たりする。若い女性で生理痛のひどい人は一度専門医を訪ねた方がいい。不妊症や、時にはセックスが出来なくなることがあり軽視できない。

    筋腫

漿膜下筋腫は大きくても自覚症状があまりない。子宮頚部の筋腫は頚捻転をおこすことがあり、激痛を伴い腹中に出血して危険なことがある。粘膜下筋腫は生理の血液量が多くとくに凝血が多い。筋層内のものは生理痛も出血量も多く、たくさんある時は、子宮全摘が必要になる。

桂枝茯苓丸を使った110例では筋腫の縮小6割、月経困難症状の9割がよくなった。
当帰芍薬散、加味逍遙散も使う。桃核承気湯、通導散を使う先生もいる。これらで筋腫の縮小は全くなかったという先生もいるが、随伴症状の貧血や生理痛、腰痛、腹痛が9割改善することは多くの人が認めている。

筋腫、内膜症とも桂枝茯苓丸を第一選択にし、生理痛には痛みの起こる前から10日間位芍薬甘草湯を併用する。
3ヶ月続けて改善が見られなければ若い人ならナサニール(ゴナドトロピン分泌ホルモンのアゴニストGn-RHアゴニスト)を血中のホルモン量を測りながら使う。

   異常妊娠・子宮外妊娠

卵管内で受精卵が育って卵管が破裂し、腹中に出血する例が一番多く、これは一刻を争う。

   切迫流産

安静しかなく、そっくり流産してしまう完全流産では後の処理は必要ないが不全流産で中に少しでも残っているときは出血が止まらず処置が必要となる。中で赤ちゃんが死亡している場合も掻爬が必要になる。
当帰芍薬散は、切迫流産の予防、安胎作用があるがこれは、黄体ホルモン分泌促進作用があるため。

   乳腺症

桂枝茯苓丸その他の駆瘀血剤が使われる。

   乳汁鬱滞性乳腺炎

葛根湯がいい。乳汁分泌がよくなり、腫れ、痛みもよくなる。乳汁の出の悪い時これは確かにいい。

   帯下・膣炎

膣内は健康なときは酸性に保たれ細菌類は繁殖しないが、体力低下や疲れなどでカンジダやトリコモナス膣炎を起こしやすくなる。抗生物質の服用は膣内の乳酸桿菌が無くなり代わってカンジダが繁殖する。非常に痒い。糖尿のある人は治りにくい。トリコモナス膣炎は黄色粟粒状のおりものが出てトリコモナスも見える。注意しないと母親から女の子に感染する。腟部糜爛でおりものが多いと雑菌やカンジダがつきやすい。
最近はクラミジアが増えている。中・高生の女子にこれを持つ子が多い。これがオジさんたちから奥さんに拡がる。
クラジミヤは卵管・腹膜中に入り、不妊症の原因になる。帯下のほか接触出血があると子宮癌を一応念頭において診るがパピロマビールスに感染した人が非常になりやすい。若い人のおりものではカビやクラミジヤについて先ず調べる。これらがなくて帯下の多いのは細く虚証の人が多く、生理不順、冷え症で黄体ホルモンの分泌が悪い。
当帰芍薬散がよく効き、上述の症状の改善と糜爛面の縮小が見られる。黄体ホルモンの分泌が悪いと相対的にエストロゲン量が悪くなり糜爛面を大きくし、おりものが増える。当帰芍薬散はプロゲステロン分泌を増やし、糜爛、こしけを改善する。老人性膣炎はホルモン不足によって60才位から起こる。出血やおりものが時々増える。
一応、子宮癌の検査をする。
八味丸がいいというが地黄の合わない人が結構いる。
牛車腎気丸, 桂枝茯苓丸,温経湯なども使われる。

   更年期障害

当帰芍薬散、加味逍遙散を使う。後者は、ほてり、のぼせなど血管運動神経系に有効で、頭痛、関節痛、筋肉痛などもよくする。ホルモン補充療法は乳癌のチエックを必ずやってから行うが即効性があり、不眠その他もよくなり骨量減少にも効く。

   脳血管性痴呆

当帰芍薬散は血液粘度を下げさらさらにする。最近アルツハイマー、その他のぼけなどにも使われている。

   その他

桂枝茯苓丸はトリグリセりドを下げる骨塩量の減少を防ぐのに補中益気湯が非常にいい。老人の骨塩量を増やす。これは、動物実験でも認められた。私の専門は、環境エストロゲンを主体とする環境ホルモンの研究で、かたわら婦人科の臨床をやっているが、生薬にも環境ホルモンの一つである植物エストロゲンが含まれていることがあり、また長期連用によって副作用の現れる生薬もある。注意深く観察しながらの治療を心掛けている。また、風邪のひきはじめには葛根湯・桂枝湯を、鼻風邪には小青竜湯を、のどのいがいがには滋陰降火湯等を処方しています。産婦人科の患者には漢方信奉者がいますが、環境ホルモンの一つである植物エストロゲンが生薬に含まれていることがあり、また長期間連用により副作用のあらわれる生薬もありますので、注意深く経過観察をしながらの治療は言うまでもございません。ちなみに、国際スポーツ大会で風邪気味の選手に葛根湯を飲ませたコーチが、その選手がドーピングコントロールに引っ掛かった為に、大会選手・役員村退去を命じられたのもつい先日のことです。これは、構成生薬の麻黄にエフェドリン作用が有った為の出来事です。
このように、漢方方剤と言えども、副作用が無いわけではなく、切れのよい処方も有りますので、単剤でも西洋薬との併用でも、要は使い方次第ということになる様です。