漢法科学財団会報より

植物の匂いと効用  

東京薬科大 指田 豊

臭覚は
視覚や聴覚とともに動物が身の回りの状況を判断する為の重要な手段であるが、「百聞は一見にしかず」という諺があるようにヒトでは視覚が非常に発達した為に、聴覚や嗅覚はそれほど鋭くはない。しかし、日常生活の中で、ガス漏れを発見したり、腐った物を嗅ぎ分けたり、キンモクセイの香にうっとりしたり、臭覚も案外活躍をしている。日本料理にユズの小片を入れるだけで味が引き立つ事はよく経験をすることである。
普段の生活は
視覚による認識が中心で、においをそれ程、気にしていない為に、却つて我々の潜在下の意識を刺激して、視覚以上の思わぬ心理効果を示す事がある。視覚、聴覚の刺激が物理的なものであるのに対して臭覚は化学物質、すなわち匂いのある物質によって起こる事が特徴である。
最近はハーブと称してヨーロッパの香のある植物が植えられ、アロマテラピーという植物の精油を利用し医療行為もどきが流行っている。力不足ながら植物の匂いについて簡単に・・・。

     匂いのある物質

約40万種あるといわれ、有香物質の条件は分子量が300以下で、水及び脂質にある程度の溶解性があり、かつC=C, -OH, -CO, -COO, -O-, -S-などの官能基が分子内にあることが条件となる。匂いは有香物質が鼻孔の奥にある嗅覚器に達し、嗅細胞の受容体と結合すると嗅細胞に電位差が生じ、これが信号として、神経線維を通り脳の嗅球に伝わる。これがさらに大脳皮質の嗅覚野に伝わり、ここで処理されて知覚のみならず心理作用まで示すのである。人にとって最も強力な匂いはスカトールで、空気1リットル中4×10mgでも感知できる。嗅覚は疲労しやすく悪臭の方が早く感じなくなるのが一般的である。(なお調香師は約800の匂いを嗅ぎ分けられるそうである)


     植物の匂い物質の科学構造は

植物の芳香成分の殆どのものは炭素、水素、酸素より成る化合物である。

  1. 炭素10より成る化合物 
    モノテルペノイド

  2. 炭素15より成る化合物 
    セスキテルペノイド

  3. C6-C3化合物         
     フェニルプロパノイド

  4. 脂肪族エステルに属している。

これらの芳香成分は殆ど水に溶けず、水蒸気蒸留すると留出し、油状を呈するので精油と呼ばれる。このほか硫黄を含んだ特殊な化合物もある(ニンニク、ヘクソカズラ)生では匂わないが細胞が死ぬと不揮発性として含まれている配糖体より酵素の働きで糖がはずれそのため匂うものもある(サクラの葉、ウワミズザクラの葉や樹皮)。
なお精油は油細胞、樹脂、油室、線毛などにあり、精油を含む植物の多い科としては苔類、裸子植物、モクレン目の大半の科、フトモモ科、アカザ科、フウロソウ科、バラ科、ミカン科、セリ科、シソ科、モクセイ科、キク科、イネ科、ショウガ科など


       実際の匂いとしては
       1.匂いとは

物質が香りを持つためには1.揮発性がある 2.水および油にある程度溶ける、3.特殊な化学構造(C=C、−O−、OH、−CO−、-CO−、-S-など)を持つという条件が必要である。匂いのある物質は約40万種類有るとされている。 化粧品に使われる匂いは通常800〜1000あるが、調香師は約800種の匂いを嗅ぎ分けるといわれている。

      2.何故匂いを感じるか

空気に混ざった微量の有香物質が鼻腔の奥にある臭覚器に到達し、細胞外面を覆う粘膜を通過し、臭細胞の表面の特定部分と結合すると臭細胞に電位差が発生し、これが信号として神経線維を通り脳の臭球に伝わり、更に大脳皮質の臭覚野に伝わる。ここで情報が処理されて知覚のみならず心理作用まで示す事になる。光の3原色のような現臭の存在ははっきりしない。これは光が単純な電磁波であるのに対して、匂いは多種多様な化合物からなるためであろう。ヒトにとって最も強力な匂いはスカトールで、空気1リットル中4x10ミリグラムでも感知できる。なお臭覚は疲労し易く、しばらく嗅いでいると感じなくなる。悪臭の方が早く感じなくなる傾向がある。


      3.植物の匂い物質

植物の芳香成分はほとんど溶けず、水蒸気蒸留すると留出し、油状を呈するので精油と呼ばれる。
なお、生は匂わず、細胞が死ぬと匂ってくるものもある。
これは成分が不揮発性の物質(多くは配糖体)として含まれ、酵素の働きで分解して始めて匂ってくる為である。
サクラ、ウワミズザクラ、フジバカマ、オミナエシ、バニラ等。

      4.精油を含む植物の多い科

匂いのある物質の分布は植物の自然分類と密接な関係が有り、匂いのある植物。
すなわち,精油を含む植物は以下のグループに集中している。
苔類、裸子植物、モクレン目の科
モクレン科、マツブサ科、シキミ科、クスノキ科、ニクズキ科、 フトモモ科、アカザ科、フウロソウ科、バラ科、ミカン科、セリ科、シソ科、モクセイ科、キク科、イネ科、ショウガ科
精油は
これらの植物の油細胞、樹脂道、油室、腺毛などに存在している。
ハーブの多くは
セリ科、シソ科、キク科の植物。

    5.匂いのする植物の部分

植物の匂いのする部分は以下のように、種類により異なる。 中には部分によって匂いの性質が異なることがある。
葉・樹皮
サクラ、ハッカ、シソ、シナモン、クロモジ,ビャクダン、ヒノキ

ニッケイ、ユリノキ、ベチバー、カヤツリグサ
花・蕾
クローブ
果実
セリ科、ミカン科、バニラ、大茴香
種子 
ショウガ科、トンカ豆
分泌物
没約、乳香、安息香、松脂、沈香


      .植物の持つ色々な匂い

匂いが似ていると言うことは精油成分の化学構造も似ている事を意味している。

       a.青葉の匂い、きうりの匂い

青葉アルコール、青葉アルデヒド、キウリアルコール、スミレアルテヒドなどの炭素が6または9より成る鎖状の不飽和アルコールまたはアルデヒドで、清々しい青葉の匂いがある。おそらく植物が虫やかびなどの害を防ぐ為に作る防御物質と思われ、多くの植物の若葉に含まれている。
ハリエンジュ、キウリ、スイカ、キウリグサ、ツルアジサイ、イワガラミ、ワレモコウ、サラダバーネット。

       b.スミレの匂い

ヨーロッパに野生するニオイスミレの花は素晴らしい濃艶な匂いを持っており、香水などの化粧水の重要な材料になっている。ところがニオイスミレに含まれる精油の量は極めて少なく、新鮮な花1tから30g取れるだけである。そのためバイオレットオイルは極めて高価である。匂いの主成分がα−ヨノンであることが分かったので現在は主に安価な合成品が使われている。日本には数十種類のスミレが生息しているが、匂いのあるものは少ない。
スミレの匂いには
ニオイタチツボスミレ、シハイスミレ、ヒゴスミレ、エイザンスミレ、スミレ
分類学的にはスミレ科と関係が無いのにニオイスミレと全く同じ匂いが有る。(分類と成分が一致しない好例)
ハナニラ、カタクリ、ボロニア、サフラン、シロバナイリス、ムラサキイリス、スミレモ、スミレゴケ

    c.クローブの匂い

クローブ(チヨウジ)は
熱帯産のフトモモ科植物の蕾で、料理の香り付けに使われるが、精油の主成分のオイゲノールに鎮痛作用と消毒作用があるので、歯科医が歯の治療の際にも使う。そのためクローブの匂いを嗅ぐと歯医者を思い出す人もいる。
クローブのほか、以下の植物に含まれている。
オールスパイス、メボウキ(バージル)、ストック

    d.サロメチールの匂い

肩凝りの貼薬や軟膏に含まれるサルチル酸メチルの匂いである。この匂いの成分の分布も分類学と余り関係が無い。
次の植物にに含まれている。
ヨグソミネバリ、シラタマノキ、ヒナノカンザシ、シモツケソウ、オニシモツケ

      e.レモンの匂い

リモネンまたはシトロネラールの匂いである。ミカン科のレモンをはじめ多くのミカン類の果皮に含まれるが、分類学とは関係なく以下の植物にもレモンの香りがある。
レモンタイム、レモンバーム)、レモンバーベナ、レモンユーカリ、レモングラス、オガルガヤ、カヤツリグサ

        f .桜餅の匂い

クマリンの匂いである。通常は配糖体の形で植物に含まれており、貯蔵や乾燥の過程でクマリンが生成して匂ってくる。
この成分の分布も以下のように広い。
サクラ、シナガワハギ、トンカマメ、クルマバソウ、フジバカマ、ヒヨドリバナ、コウボウ、ハルガヤ、シダ類(サイコクホングウシダ、コモチイノデ、オイナワウラボシ、ミツデウラボシ
牧草として使われるハルガヤは株全体に桜餅の匂いがあるが、
アメリカ人はバニラを思い浮かべるらしく、バニラグラスと呼ばれている。

       g.梅酒の匂い

ベンツアルデヒドの匂いである。この成分は生の植物に配糖体の形で含まれており梅酒や梅干の製造過程で匂ってくるバラ科サクラ属の種子(サクラ、ウワミズサクラ、ウメ、モモ、アンズなど)とサクラ属のうち、ウワミズザクラ亜属、バクチノキ亜属の葉と樹皮に含まれる。同じサクラ属デモサクラ亜属(ヤマザクラ、オオシマザクラ、ソメイヨシノなど)の葉はクマリンの匂いがしてくるのは面白い。

       h.バラの匂い

ゲラニオールの匂いである。いかにも化粧品という匂いがする。セイヨウバラの新鮮な花びらから取った天然のローズオイルは前述のバイオレットオイル同様に極めて高価である。現在はニオイテンジクアオイ(香料ゼラニウム)(フウロソウ科)から得たゲラニオールが大量に使われている。

       i.タイムの匂い

ハーブのタイムの匂いはチモールによるものである。この成分はかって醤油のかび止めや内服して寄生虫の駆除に使われた事がある。以下ののシソ科の植物の葉に含まれている。
タチジャコウソウ、イブキジャコウソウ、ヤマジソ、ヤグルマカッコウ

       j .バニラの匂い

アイスクリームの香料として重要、本来は熱帯に生息するつる性のラン科の植物、バニラの未熟果を発酵させて得る。現在は材木のパルプ粕から大量に合成されている。

      k.ハッカの匂い

シソ科ハッカ属のハッカ、セイヨウハッカ(ペパーミント)の主成分はメントールで、噛むと好ましい香りとともに清涼感がある。しかし同じハッカ属でもオランダハッカ(スペアミント)の主成分はかるぼんで匂いの質がぜんぜん違う。この他、リンゴの香りするアップルミント、パイナップルの香りのするパイナップルミント等もある。

       l.ニラの匂い

硫黄を含んだ匂いの成分で、ニンニク、ニラ、ネギ、タマネギなどのユリ科ネギ属植物に広く分布している。この他、ユリ科ハナニラ属ハナニラの葉にもこの匂いがある。面白い事にハナニラの花にはニオイスミレの匂いがある。この他、およそネギ属と関係無いノウゼンカズラ科の葉にも匂いがある。

       m.悪臭

オミナエシ、オトコエシ、カノコソウなどのオミナエシ科の植物は生のときは無臭であるが、しおれてくると醤油の腐ったような匂いがしてくる。これはイソ吉草酸などが生成するためである。同じような現象は山地生えるオオカメノキの葉(スイカズラ科)でも起こる。その他、悪臭のあるものとしてテンナンショウ科の花(ただし、バナナの匂いのものもある)、トベラの根(トベラ科)ドクダミの全草(ドクダミ科)リアンダーの葉(アエリ科、果実には芳香がある)、ヒサカキの花(ツバキ科)、クロユリの花(ユリ科)などがある。

       n.その他の匂い

ネズミモチ、トウネズミモチの葉(モクセイ科)には青りんごの匂いがありクズの花(マメ科)にはファンタグレープの匂いがある。また、オオバヤシャブシの雄花のつぼみ(カバノキ科)にはマツタケの匂いがある。カツラの葉(カツラ科)やユリノキの葉(モクレン科)を燃やすと線香の匂いがしてくる。


      7.匂いの効用
        a.アロマテラピー

アロマテラピーとは
本来は次の2つに分けられるが、渾然として使われているのが現状である。
1.アロマテラピー
精油の吸引、塗付やマッサージなどによる体調の改善、または病気の治療。
2.アロマコロジー
匂いの心理作用を利用した体調、気分の改善。
一部の医師による精油を用いた治療の報告もあり、私の研究室でもマウスを用いてラベンダー油の薬理作用を研究し、学会に発表した事があるが、日本で行われているいわゆるアロマテラピーの殆どは医療ではなく、趣味の世界である。その証拠に、アロマテラピーの本は本屋の医学書のところでなく趣味の所に置かれている。
精油には
経験的に種々の心理作用があるとされており、例えばジャスミン、クローブ、レモンは興奮作用があり、ラベンダー、ビャクダン、ゼラニウム、ヒノキには鎮静作用があるとされている。そこで座禅のときにビャクダンを焚いたり、ヒノキのヒノキの風呂に入ると気分が落ち着くのはそのためかとなっとくすることになるが、匂いのとらえ方は昔の思い出にも結びついており、人それぞれに違う。自分にあった匂いを楽しめばよい。

       b.浴用による皮膚刺激、血行促進

精油を含む植物は
風呂に入れると精油が皮膚を刺激して決行を促し、疲れを取る効果がある。精油によるリラックス効果もある。ただし湿疹のある人は精油の刺激で却って悪くなる事があるので注意が必要である。
カミツレ・ショウブ・ミカン・ユズ・キク・ヨモギ。

        c.芳香性健胃薬

精油を含む生薬は
胃を活性化して消化不良や食欲不振を改善する効果がある。
ただし、胃液の分泌を促進するので、胃潰瘍には使えない。
次の生薬がよく使われる。
大茴香(スターアニス)、桂皮(シナモン)橙皮・丁字(クローブ)、茴香(フェンネル)薄荷・小荳蒄  生姜(ジンジャー)。

      d.抗菌性

精油には抗菌性があり、以下の植物を食品に混ぜると腐り難くなる。
ソーセージにはこれらの植物が入っているので長持ちをするのである。
桂皮、丁字、茴香、薄荷、タイム、辛子、ニンニク、オレガノ、コリアンダー、アニス、セージ、ローズマリー、ドクダミ。

     e.抗酸化作用

精油には坑酸化作用もあり、食品中の油の変敗を防止する効果がある。
以下のスパイスにその効果が認められているが、特にローズマリー、の効果はよく知られている。
肉荳蒄、桂皮、丁字、生姜、セージ、オレガノ、タイム、オールスパイス。

     f.その他の薬効

精油を含む生薬にはこの他、以下のような効果が知られている。
丁字(精油を虫歯の鎮痛、口内の殺菌) カミツレ(精油を坑炎症薬) ユーカリ(虫よけ、吸入) レモングラス(猫よけ) 辛夷(蓄膿症)カノコソウ,サフラン(鎮静) タイム、茴香(去痰) シソ(漢方ではのぼせ)


おわりに
精油は日常生活を楽しくし、人の心に優しく、また幾つかの薬効も知られている。
しかし、薬効についての研究は未だ少ない。多くの精油は低濃度で使えば悪い作用はないので、あまり凄い薬効を期待するのではなく、生活を豊にするために楽しむのが最も良い使い方である。