第13回 講演会 要旨

精神科医からみたストレス ] 

都立精神医学総合研究所 白石 弘己

精神保健福祉法について

精神保健福祉法という精神障害者の法律の中に、本人が自分で自分の事に責任がもてない状況がある時、保護者という制度によって本人がいやでも保護者が同意すれば入院させることが出来るという制度がある。自己決定の時代にこの制度はいいのかどうなのか、5年前から研究所で研究している。

成年後見法とは

今年の4月、介護保険と同時に成年後見法という法律が出来た。これまで禁治産、準禁治産という、本人が財産管理ができなくなった時、代わりの人に管理させるという法律だったが痴呆者が100万人になり将来300万人になると予想され、法律が追いついて行けず改定された。今までは精神障害者についてだけ考えられて来たが、高齢者含めて考えられる時代に変わってきた。

ストレスについては

ストレスについては、セリエのストレス学説が生理学上重要な発見である。人体は外からいろいろな刺激を受けると、これに対応して自分を守るメカニズムを発動させる。セリエはこれが大脳皮質ホルモンの経路の中で起こる事を説明し、外的刺激に対して交感神経が緊張して、コルチゾール上昇、血圧上昇、好中球上昇、糖需要増大などにより身を守る体勢をつくることを示した。こうした対応が短期間でこなせる場合はいいが、この状態が長期間続くと安定した防御のメカニズムが壊れて、いろいろな支障が起きてくる。現代におけるストレスは体の反応という面より体を前提としながら心の問題が前面に出てくる場合が多い。

ストレスとは

から加えられた力(ストレッサー)に対して、個体の中で働く応力である。
ストレスを起こさせる力(ストレス因子)には 
 1.物理的因子(暑い、寒い、痛いなど外界の刺激)
 2.生物学的因子(飢餓、妊娠など)
 3.精神的因子(対人関係など)などがある。
いずれも体から心へ、心から体へと影響が及ぶ。人は悩み
不安があるのが当然で、それぞれが、多くのストレス何とか折り合いをつけながら生きているのが現状である。

精神とは
  1. 知覚ー外界からの情報を受け取り、判断する。
  2. 高度の精神機能ー記憶力、計算力、理解力などに知的機能
  3. 判断
  4. 感情
  5. 意志・意欲である。

この5つがバランスよく保たれている心が健康な状態といえるのであろう。
精神の病気では大抵これらの1つまたはいくつかが障害を起こしているほかに、時には生活にも支障が出てくる。精神機能のどこかに問題があっても生活が普通にいっていれば病気ではなく、どこも悪くなくても生活問題があれば病気だと見がちである。バスジャックの17才の少年の問題でも病気かどうかは時間をかけての判断が必要で何かおかしいことをすると、直ちに精神的におかしいいと見ることは問題である。
人は自分の事を一番よく考えて常に、一生懸命自分を守ろうとしているのであるから。

自分を守る機能(自我)の代表的な防衛機構とは
抑制 (いやな話題は意識的にはずす)  
 「今そのことは話したくない」
抑圧 (不快な記憶は思い出せない) 
 「全く覚えがない」 
合理化 (自分の考えや感情を正当化する理由づけ
をする)  
 
彼は私のことを好きだけれど、私が、忙しいと思ってデートに誘わなかった
置き換え (いやな感情を別の対象に八つ当たりする)
 「
会社で嫌な事があった人が家族に八つ当たりする
投影 (自分の相手に対する感情を相手の自分に対する感情と知覚する)
 「職場の上司が嫌いな人が、上司は自分嫌っているという」
反動形成 (自分の感情と反対の感情を強調すること)
 「飲酒したい人が、他人の飲酒を強く責める」

退行 (不安の解消から逃げるために自分を病気にして自分を守ろうとする) 
 
「精神病から回復した男性が母親のそばから離れなくなる
否認 (自分にとって深刻なできごとを認めようとしないこと。
 「精神病になったけど、もうよくなったから薬はいらない」

転換
(心的葛藤を身体的な症状の形に買えること)
 「仕事に行くように強く言われた人が、突然、腕が動かなくなったと訴える」
などがある。
人に、正直に悩みを相談できるためには、多くの経験や習錬が必要であり、
悩むことは健康だと分かっているが、悩みによって健康が害されないように人は意識的、無意識的に防御してしまう。これが逆に、不安な精神症状や精神病的症状として表れてくることになる場合がある。
不安の現れ方には
身体症状として 動悸、血圧上昇、発汗、過呼吸、めまい、頭痛、吐き気、不眠、嘔吐、胃痛、頻尿、不眠
心理的、情緒的反応として ひきこもり、いらいら、無力感、抑うつ気分、怒り、非難がましさ
知的、認知的反応として 忘れっぽさ、生産性の低下、集中困難、刺激に対する無反応、黙想
行動面として 過度の喫煙、飲酒、ギャンブルへの熱中、浪費、性的逸脱
神経症的症状として パニック発作、長時間の手洗い、儀式的確認行為
精神病的症状として 現実否認、独自の言葉、幻覚、妄想世界へのひきこもり、奇妙な不適切な行動
精神の病気とは

精神の疾患は痴呆やエイズ脳症の様に脳に器質的変化の見られるものもあるが、多くはこのような異常は見られない。心因性と認められるものや性格に問題があるものは外国では、カウンセラーや心理学の専門家が対処するが、日本ではすべて医師が扱っているのが現状である。代表的な精神疾患に1.痴呆2.精神病3.うつ病4.アルコール・薬物依存症などがある。

   1.痴呆とは

一番始めは記憶障害と見当識障害(自分がどこにいるのか時間と場所がわからない)で、記憶力の中でも新しくものを覚えこむ力が低下する時期を経て判断、感情や意欲がおかされ、最終的には自分の名前や鏡の中の自分を見ても自分だと判らなくなる。

   2.分裂病とは

私のあり様が変わったのであって、私とは別の何かを感じる私がいる。幻聴、幻覚、妄想があり自分がおかされた非現実的な世界を信じ、周りが間違っていると考える。

   3.うつとは

「行動したくてもできない私」を責める私。

   4.アルコール・薬物依存症とは

私が、「私の誘惑」に負けてしまう。

これらの疾患には、主に、薬が使われているが、病気の軽重や治療によって経過は異なってくる。又、病識があまりないので治療を拒むこともある。病気の経過にストレスが大きく影響してくる場合がある。それは、日常生活の仕事や家事、対人関係のストレス以外に、希に起こる状況、例えば、結婚や身近な人の死のような大きな変化によるストレスでは、治療をきちんと続けていても再発してしまうことがある。私は、この前アメリカの患者さんたちとハウスボートで4日間いろいろな所にでかけたが、患者さんにとっては、強いストレスであったが自信をつけることによって、少しずつ良いストレスに変化していき、何度も経験を積み重ねていくうちに、時には失敗しても自信回復のきっかけになって行ったような気がする。

 生活史から見た精神分裂病
  1. 1人前の大人として社会に出ていく時の心理状況で分裂病発症の危険が高くなる。発病して入院によって幻覚、妄想がよくなったように見えると、まわりは軽い病気だったとか分裂病ではなかったのではと思うことが多く、本人はただ疲れただけだったとか、もう二度と発病しないと考えること。(否認のメカニズム)
  2. そして、本人はもっと重くさせないようにしようと考えるより、遅れを取り戻さなければと無理をした結果、折角回復しているのに焦って再発する。殆どの人がこういう状況に陥る。自分は病気だが就職すれば治るとか、いい結婚をすれば治るとか本人だけでなく家族も思うことが非常に多い。再発過程を繰り返し慢性化する。やがて人と同じ人生を送ることは無理だと一方で絶望し、一方で、自分なりに生きて行く希望があると考える。(値観の崩壊と自殺)
  3. そして、自分が思い描いた一生で無いかも知れないが、自分が生きて行くに値する人間であり、生きるに値する楽しいことも自分にはあるのだと思えた人が病との共存とか、自己の価値の再編という所に入って行く。病気を認めて無理なく暮らして行こうと考えれば病気の勢いもおさまって来る(静止期)

    再発しなくなり、就職は出来なくても作業所に通いながら何とか楽しく暮らすことが可能になるように、(本人の希望や可能性を否定するわけではないが)一緒に伴走しながら再発を防ぎつつ、自分に合った生き方を見つけられるように心がけることが治
    療のあり方だと考えている。
精神科領域ではっきり有害と判っているストレス
   1.非難や批判

分裂病ではその人の人格を傷つける言葉や、病気のためにできないのに怠けていると批判することは再発につながる。

   2.感情的巻き込まれ

不安の強い時、本来自分一人で耐えなければならないことに対して、可愛そうだという思いから本人が当然やるべきこと、出来ることに対して手を貸すこと、などである。

分裂病の人は大人としてやっていくという課題を重視する事が一番大切で、自分がだめだと批判されることも、自分の力を発揮出来ないような状況に甘んじることも病気にはよくない。自分にやれることを精一杯やっていると思うことが自尊心なので、そうできない状態が再発につながる。
特効薬はなく家族が力を発揮するためには、当たり前の人間関係、おはようから始まって何でもない会話があることが前提となって、いいことは善い、悪いことは悪いといい、思いやりをもってほめてあげるようなことで病気はいい方向にむかう。良くすることは難しく悪くすることは簡単である。精神疾患はなかなかカラッと治ることは出来ないが、それを認めながらそれに応じた生活をしてゆけば、いい人生を送る事が出来る。これは糖尿病、高血圧症などの慢性疾患にすべて共通することで、これを回復という言葉で言ういたい。

回復と自立とは

自分を信じる力や自己治癒力とか、自分を守る事をうまくやれる人が自立できたり、回復して行く。
自立する、自分を守るということは
自分の殻に閉じこもることではなく、
自分は弱い人間だということを認めて、人を頼りながら生きていく力を身につけることである。人は自分で出来る事は、自分でやって、出来ないことは人に頼りながら生きているわけで、負い目のある人は頼りたくない気持ちが強くなる結果、ますます悪い方向に行ってしまう。
本当は、弱音の吐ける人は強いのである!